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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)12717号 判決

原告 甲野一郎

〈ほか七名〉

右原告八名訴訟代理人弁護士 水上喜景

同 中川徹

被告 乙山太郎

右訴訟代理人弁護士 上田周平

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、別紙物件目録記載の建物を明渡し、昭和六二年六月一九日から右建物明渡し済みまで一か月金二〇万円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、もと丙田花子(以下「花子」という。)の所有であった。

2  同女は、昭和六二年六月一八日死亡したが、生涯独身で子供はなく、しかも両親もすでに他界していたため、兄弟姉妹である原告らが本件建物を法定相続分に従い各八分の一づつ相続した。

3  被告は、花子の生存中、本件建物の二階を占有していたが、同女死亡後は、本件建物をすべて占有し現在に至っている。

4  本件建物の賃料相当額は、一か月金二〇万円である。

5  よって、原告らは、被告に対し、所有権に基づく返還請求権としての本件建物の明渡しと花子が死亡した日の翌日である昭和六二年六月一九日から右明渡し済みまで一か月金二〇万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否、反論

1  請求原因1の花子が本件建物を所有していたとの事実は否認する。

被告と花子は、約三〇年にわたり、夫婦同様の生活をしてきたものであり、その過程において、本件建物の増改築及び設備一切等の費用をすべて被告が負担してきたのであって、このような共同生活の下で二人が取得した財産は、名義上は花子名義としてきたものである。これは、将来花子が一人となったときの老後の生活を慮ったための処置であった。

このように、花子名義の財産は、実質的には二人の共有財産であるから、被告にはその財産の二分の一の持分があるのであり、本件建物についても、その所有権の二分の一は被告にあるものである。

2  同2の事実のうち、原告らが本件建物を各八分の一づつ相続したことは不知であり、その余は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は争う。

5  同5は争う。

三  抗弁(権利の濫用)

1  そもそも、前記のとおり本件建物については、被告と花子の三〇年余りにわたる共同生活(内縁関係)において取得されたものであり、その所有名義とは関係なく、被告の資金により増改築を重ねる等した結果により現在存在するものであって、被告には、その共有持分権が存するものである。

2  被告は、画家兼彫刻家であり、制作には自然の採光が不可欠である。また制作課程において音が発生するため、マンション等では制作ができず、近隣と離れていることがアトリエとしては必要であり、その意味において、本件建物は、被告にとって他に代え難い存在である。

3  また、被告は八四歳になり、他に転居することは事実上不可能である。

4  他方、原告らは、それぞれに住居があるうえ、花子から相続した財産として本件建物以外にも烏山に土地、建物、さらに株式、預金等が多数存在し、原告らが被告を本件建物から追い出す必要性はまったくない。

5  本来、原告らは、花子が存命であれば、被告が本件建物に花子と共に生涯居住し続けたことは十分承知していたものである。しかるに、花子が死亡し、たまたま本件建物が花子名義にしてあったこと、花子と被告が正式な結婚をしていなかったことを奇貨として本件の明け渡しを求めているものである。このような事情からすれば、原告らの本件建物の明渡請求は、権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否、反論

1  抗弁1ないし5の各事実及び主張については、いずれも争う。

2(一)  とくに、被告と花子が内縁関係にあったということは全くありえないことである。また、本件建物は、もっぱら花子がその収入によって取得したものであって、被告がその共有持分権を主張するほどの資金を出したということも全くありえないことである。

(二) また、原告らは、現在それぞれ家族四人で狭あいな住宅に居住している原告甲田四郎と同甲田八郎に取得させるつもりであり、同原告らの住居としてどうしても必要なものである。さらに、被告には、妻と成人した子供四人がおり、その子供から被告と妻のためにマンションを提供されているのだから、花子が死亡してしまった以上、本件建物に居住する必要性は全くないものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実については、《証拠省略》により、これを認めることができる。

この点につき、被告は、本件建物の花子の所有を争い、本件建物についての二分の一の共有持分権を主張し、被告本人尋問の結果中には、右の点に関して、被告と花子とが本件建物を取得したのは、信頼関係に支えられた三〇年に亘る夫婦同様の生活関係を通じて両者の協力があったからであり、なかでもアトリエとして使用されている建物購入に際しては、被告は自己資金二〇〇万円を支出し、また、同建物購入後においては、被告自らの収入のうち金員一〇〇〇万円以上を同建物の増改築につぎこみ、しかも自らの手で右増改築をなし、さらに、被告が本件建物を花子名義で登記し、被告と花子との共有名義としなかったのは、被告死亡後花子が一人となったときの老後を慮ったからであり、したがって、本件建物は、実質的には、被告と花子との共有財産である旨の供述があるが、前記の認定に照らして、右供述内容を直ちに採用することはできず、また、被告本人の供述の裏付けとなっている《証拠省略》等によってもいまだ被告の具体的な収入額を認めることはできず、それ故、これをもって本件建物購入時における、さらには、その後の本件建物増改築における被告の本件建物に対する金銭的寄与の事実を推認することは出来ず、他に被告の右金銭的寄与の事実、ひいては被告が本件建物の共有持分権を有する旨の事実を認めるに足りる証拠はなく、よって、本件建物が被告と花子との共有財産であると認めることはできない。

2  請求原因2の事実のうち、花子が、昭和六二年六月一八日死亡し、生涯独身で子供はなく、しかも両親もすでに他界していたことについては当事者間に争いがなく、花子の兄弟姉妹である原告らが、本件建物を法定相続分に従い各八分の一づつ相続した事実については、《証拠省略》により、これを認めることができる。

3  請求原因3の事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁(権利の濫用)について

《省略》

1  《証拠省略》を総合すれば、次の各事実が認められる。

(一)  被告と花子とは、昭和三五年より三〇年近くにわたって同棲生活をしてきたものであり、実質的に内縁関係にあったこと

(二)  そして、昭和四五年には、花子が増改築前の本件建物を取得し、その後被告が増改築を加えたり、アトリエ部分を作ったりして、現在の建物に至ったこと

(三)  その間、花子はたびたび持病により入退院をくりかえし、療養生活をしてきたことがあったが、そのような時も被告と花子は協力し合って生活をしてきたこと

(四)  被告は、画家であり、また、彫刻家としてその作品を制作する過程で発生させる音、採光等の事情を考慮すると、従来どおり、本件建物を必要とし、本件建物が被告の制作活動に欠くことのできない存在であること

(五)  また、被告は、現在八四歳になり、妻とは三〇年以上の期間に亘って別居し、もはや妻と共に生活することは考えられず、さらに、現在の被告本人の収入からも他に転居し新たな居住場所を見い出すことが事実上不可能であることさらに、被告には妻の他四人の息子がおり、事実上その次男がその家族と共に住む分譲マンションを有しているが、同マンションは、次男が独力で取得したものであり、被告は、それに一切寄与しておらず、右のとおり妻子とは三〇年以上に亘って別居していることから事実上妻子の下へ帰ることはいまさら不可能な状態にあること

(六)  被告と花子は、花子の生存中は、同女の兄弟姉妹である原告らとは普通の交際を続け、とくに被告及び花子が原告らに世話をかけたというような状況にはなかったこと

(七)  被告は、現在、本件建物の一部であるアトリエ部分を利用して美術教室を営んでおり、五、六人の生徒に教えたりして、その収入をもって生活資金の一部としていること

(八)  原告らには、それぞれ住居があるうえ、さらに、花子の財産として本件建物以外にも烏山にも土地建物があったほか、多数の株式、預金等が存在したが、それらはすべて花子の相続人である原告らが取得していること

(九)  前記認定のとおりの被告と花子との本件建物における共同生活からみて、花子が存命していたならば、花子よりは高齢である被告は、花子と共に生涯本件建物に居住し続けたことは十分考えられるし、原告らも右のように考えていたことは十分うかがわれること

以上の各事実が認められる。《証拠判断省略》

2  これに対し、原告らの本件建物の必要性に関しては、《証拠省略》によれば、原告らのうちの甲田四郎及び甲田八郎が、現在狭あいな住宅に住んでいるので、これらの者に本件建物を使用させたい旨証言するが、前記1で認定の各事実及び弁論の全趣旨によれば、右の二名の原告も現在はそれぞれ住宅を有しているのであり、被告の本件建物を使用する必要性と対比すると、その必要性は著しく低いものといわざるをえないことが認められる。

3  以上1及び2の各事実を総合すれば、本件建物についての被告と花子のこれまでの関与度合及び被告自身の必要性等を勘案すれば、本件建物における従来どおりの被告の居住の利益は十分に保護されるべきものであるのに対し、原告らの本件建物使用の必要性はきわめて乏しいものであるから、単に花子の兄弟姉妹である原告らの、相続を原因とする所有権取得に基づく本件建物の明渡請求は、信義に反し、権利の濫用にあたるものと認めるのが相当である。

したがって、被告の抗弁(権利の濫用)は理由があり、原告らの請求原因は、その余について判断するまでもなく、結局は理由がない。

三  結論

以上によれば原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安間雅夫)

〈以下省略〉

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